分離感は認識の世界? 真我は意識じゃない?

  • 2015年11月22日
  • カテゴリ:真我

いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。
一人でも多くの方のお役に立つためにランキングに参加中です。
下記のバナー2つをそれぞれクリックすることで、素晴らしい自分に気づかれる方が増えます。
下記のバナーを今すぐクリック!
   ↓  ↓  ↓  ↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ

 

【 佐藤康行 生の声  ありのまま そのまま 】

質問をぶつけることで、佐藤康行の生の声をお届けしています!

アンサーはすべて佐藤康行が答えています。

繰り返し読むことで、知らないうちに自分の認識が変化してきます。

もちろん、すばらしくです。

ブログは毎日、朝(7時3分)・昼(12時37分)・夕方(17時37分)、3回UPしています!

 

Q.救世主を自称するほとんどの宗教の指導者たちは、

信者はおろか、自分たちを救うことができない。

外側の誰かに頼ろうとすることは、実相である無限の力、永遠普遍の生命が、

自分のうちにあることを理解していないと。

 

A.だって、それを私がやっているじゃない。

 

真我に目覚めることをやって、真我を実践させることをやっているわけ。

 

まさに、私はそれを三十年間やってきているわけ。

 

それを書いているということは、理解しているってことだから。

でしょ。

 

Q.はい。

 

A.そうでなければ、言えないわけ。

 

Q.自分が実相そのものだと理解していないことが分離感?

 

A.そうですね。それが認識の世界なんです。

 

認識の違いと実相の違い。

 

それは、私がさんざん話してきた。

 

認識はあくまで相対の世界で。

 

Q.普遍意識とは?

 

A.普遍とはどこをさしているのか。

 

永遠とか、無限とかいうじゃない。

 

普遍意識とついた瞬間に、私が言っている極致の認識じゃないですか。

 

真我は意識じゃないから。

 

意識は横の世界だから。

 

真我は縦の世界。

 

いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。
一人でも多くの方のお役に立つためにランキングに参加中です。
下記のバナー2つをそれぞれクリックすることで、素晴らしい自分に気づかれる方が増えます。
下記のバナーを今すぐクリック!
   ↓  ↓  ↓  ↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ

 



~お読み頂きありがとうございます~

【佐藤康行との対話ブログ:読者限定無料プレゼント】

▼詳しくはこちらをクリック▼

cd_present



運営者プロフィール

suterutetsugaku
suterutetsugaku
「最高の人生を生きる 捨てる哲学 佐藤康行との対話」の管理人をしている橘 絹子です。
1999年4月より、医療関係の仕事の従事。
耐え難い体の痛みと人間関係に悩み、いろいろな治療やメンタルへのアプローチを試すが解決できず、人生も諦めかけていた。
そんな時、佐藤康行に出会う。
このブログを読んでいただくあなたにも、すべての難解と思われる問題に光を当てる方法があることをお伝えしたいと思います。