キリストとの対話⑧ 罪の子とは?

  • 2015年09月20日
  • カテゴリ:真我

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【 佐藤康行 生の声  ありのまま そのまま 】

質問をぶつけることで、佐藤康行の生の声をお届けしています!

アンサーはすべて佐藤康行が答えています。

繰り返し読むことで、知らないうちに自分の認識が変化してきます。

もちろん、すばらしくです。

ブログは毎日、朝(7時3分)・昼(12時37分)・夕方(17時37分)、3回UPしています!

 

Q.罪の子とは?

 

A.キリスト教で、人間は罪の子というフレーズと、神の子というフレーズがあるじゃない。

罪の子なのか、神の子なのか、どっちなのかと。

 

でも、「 罪を自覚したときに、罪が大きくなるわけです。

神を自覚したときに、罪は消えるわけ。 」わかる?

 

Q.弟に悪いなと思っていると、罪が大きくなって、

すべて同時決定だとわかって罪悪感が消える。

 

A.弟をすべて愛せて、受け入れたときに、罪の意識は消えるんです。

どちらを自覚しますか、ということです。

 

「 真我を自覚するというのは、神のほうを自覚するということ。 」

「 罪の子を自覚するというのは、人間の業、カルマを自覚するということ。 」

 

偽我、偽の自分を自覚するということ。

偽の自分を自覚すると、そちらのほうが大きくなる。

だから、悩みが絶えないというのはそういうことなの。

 

光を自覚したとき、闇は消える。

 

「 真理からいうと、闇は本当の光なんです。 」

 

真理という光だから。

闇も愛そのものなんです。

光に気づくための、大事な大事な光そのものなの。

 

Q.戒めの話もなんですが、黒星と言ったりしますが、

なぜこれがないと気づかないようになっているのでしょうか?

 

A.学問の気づきを追っかけるから。どんどん遠いところにいっちゃうから。

 

「 学問の気づきと、命の気づきと、全然、違う。 」

命の気づきは溜め込んでやるものではなくて、むしろ、失うっていう寸前に気づく。

 

Q.それも法則ですか?

 

A.法則というか。肉体をもっていて、だったら法則でしょうね。

 

Q.そうしなければ気づかない。

 

A.そういうこと、いっぱいあるじゃない。

死ぬ寸前で気づくというのは。

 

 

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運営者プロフィール

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「最高の人生を生きる 捨てる哲学 佐藤康行との対話」の管理人をしている橘 絹子です。
1999年4月より、医療関係の仕事の従事。
耐え難い体の痛みと人間関係に悩み、いろいろな治療やメンタルへのアプローチを試すが解決できず、人生も諦めかけていた。
そんな時、佐藤康行に出会う。
このブログを読んでいただくあなたにも、すべての難解と思われる問題に光を当てる方法があることをお伝えしたいと思います。