捨てる哲学 自分の能力でない、真眼・神通力が顕れる?

  • 2015年10月28日
  • カテゴリ:真我

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【 佐藤康行 生の声  ありのまま そのまま 】

質問をぶつけることで、佐藤康行の生の声をお届けしています!

アンサーはすべて佐藤康行が答えています。

繰り返し読むことで、知らないうちに自分の認識が変化してきます。

もちろん、すばらしくです。

ブログは毎日、朝(7時3分)・昼(12時37分)・夕方(17時37分)、3回UPしています!

 

Q.私の一番の才能は捨てる哲学なんです、というお話がありました。

それも本物が見極めれるからと。

 

A.「 真眼であり、神通力だから。 」

 

それは、「 自分の能力の力でない。 」

 

「 自分の力を捨てれるということ。 」

 

私は、だから、レストランを全部手放した。

営業も。私は手放して、皆に配って歩いている。

 

皆さん、結構つかっていらっしゃる。

私のノウハウを。

 

Q.佐藤康行は本物は真我だけと。真我だけでやると。

 

A.そういうことです。

 

Q.以前、私が動かないほうが、大きな流れになると。

 

それは、海外に行かれるかもというお話が出たときなのですが、

 

このことと、真我の器を用意して待っているのは、同じ話ですか?

 

A.そうだね。

 

Q.生は死であり、死は生であるという言葉は、

じぶんの認識がなくなって、本当の自分のなると?

 

A.そういうこと。

 

Q.五感があるから、かえって神に遠い?

 

A.そう。

 

自分を犬だと思って、ワンとか吠えたら、それを信じれば信じるほど、

真実が見えなくなるでしょ。

 

真実は人間なのに。

犬と思っていた自分が死んじゃったら、人間に近づく可能性があるじゃない。

 

Q.あっ、そうですね。

 

A.そういうこと。

 

Q.本当は神なのに、人間だと思っている自分が死んだら、神に近づくということなんですね。

 

A.そういうです。

 

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運営者プロフィール

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「最高の人生を生きる 捨てる哲学 佐藤康行との対話」の管理人をしている橘 絹子です。
1999年4月より、医療関係の仕事の従事。
耐え難い体の痛みと人間関係に悩み、いろいろな治療やメンタルへのアプローチを試すが解決できず、人生も諦めかけていた。
そんな時、佐藤康行に出会う。
このブログを読んでいただくあなたにも、すべての難解と思われる問題に光を当てる方法があることをお伝えしたいと思います。