臨死体験でなぜ悟れるか? 神鏡に映る姿は自由自在に変わる?

  • 2015年07月24日
  • カテゴリ:真我

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【 佐藤康行との対話ブログを読むときの注意点です 】

真理、実相は具体的ではないので、抽象的なこと、わからないことをやっています。

しかし、毎日読んでいると、知らないうちに自分の認識が変化してきます。

もちろん、すばらしくです。

具体的なことは、営業やお金、クリニックの本で、電子書籍もいれると150冊著しています。

ブログは毎日、朝(7時3分)・昼(12時37分)・夕方(17時37分)、3回UPしています!

Q.今の段階での、一番合理的に、真我に目覚める方法はなんでしょうか。

 

A. 要するにね、臨死体験をした方が、何で悟れるかというと、今までの考えや認識が一回壊れるから。

消えたときに、そこにいることに気づく。まるで夢から目が覚めるのと同じ。だから、延長線上ではないわけ。反対なんですよ。

延長線上っていったら、その上って感じでしょ。壊れて、なくなったときに、その存在に目が覚める。

夢がなくなったときに、目が覚める。私にとっては、ものすごく重要なところなんです。

片一方は延長線上があるけど、片一方かゼロ、なくなったときに顕れる。ここが、似て非なるもの。

 

Q.私たちは、仮の臨死体験を、講座などで体験しようとしているんですか?

 

A. そう。仮の臨死体験でいいです。模擬臨死体験です。死から生を見るでしょ。

いきなりじゃなければ。今までの延長線上では、神はいけないから。永遠に。

だから、いきなりしかできないわけ。だから、私がやっているのは、ずべて「いきなり」なんです

 

Q.隣人を自分自身のように愛すとは?

 

A. 隣人を愛すというより、全部自分と同じものであるから、隣人を愛すことは、自分を愛することになるわけ。

隣人を愛しなさいとなったら、自分を犠牲にしてその人を愛すのかといったら、そではないわけ。犠牲にしないんです。

相手も自分だから。相手を愛することは、自分を愛することなんです。

例えば、こうやって、相手を見るときに、相手はいるようで、いないわけ。

相手は、目に入って、脳の中に映るわけ。時には、反対に映ったりするわけ。カメラが反対に写ったりする。

それは、自分の中にある、相手である。その相手を愛することは、自分を愛することになる、それは自分だから。

鏡に映る姿の自分を愛するようなもの。

 

Q.自分を犠牲にせずに、パートナーを愛するというとも同じですよね。

 

A. もちろん、そう。

 

Q.相手の欲求を満たそうとすると、自分が我慢してまでってやりたくなったりするけど、自分が疲れちゃうような。

 

A. 相手の中にある自分は、相手の中にある、というのが一つ。もう一つ、私がいう神鏡っていうのは違う。

鏡の法則は、映っている姿にすぎない。でも神鏡は、この映っている姿をどんな風にも焼き増しできると思ってください。

一つのレンズだと、一つの映り方しかしないわけ。

しかし、その奥にある、神という、真我というもので反射させたときに、映っている姿は自由自在に焼き増しできる。

恨むこともできるし、愛することもできる。それが、神鏡なの。

その相手の神が見えないから、大前提とする。理解できましたか?

 

Q.理解はできるんですが、相手を神という前提で見たときに、惑うというのはあります。

惑う理由は、表面に見えるものが気になるからです。

 

A. そうね。皆、惑います。

 

Q.前提が揺らがないという絶対のものを、佐藤康行はもっている。

それは大調和のところに飛んだ経験をお持ちなので、それも理解できます。

そして、自分も講座中に今までと捉え方が大きく変わったことも経験しています。

だから、焼き増しがいろいろできることも理解できます。

 

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運営者プロフィール

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「最高の人生を生きる 捨てる哲学 佐藤康行との対話」の管理人をしている橘 絹子です。
1999年4月より、医療関係の仕事の従事。
耐え難い体の痛みと人間関係に悩み、いろいろな治療やメンタルへのアプローチを試すが解決できず、人生も諦めかけていた。
そんな時、佐藤康行に出会う。
このブログを読んでいただくあなたにも、すべての難解と思われる問題に光を当てる方法があることをお伝えしたいと思います。