自分の我がとれる縁に恵まれる?


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ブログは朝(7時37分)にUPします。次回は10月25日㈫です!

 

Q.岡田社長が、【岡田のミタ】を撮影し始めると、いろいろ動きがあるようですが、自分の役割をしたときに天に返す動きになっているんですか?

 

A.そうね。岡田くんが最終的に何が言いたいかというと、佐藤康行にこういうことを教わりましたと、聞きましたと。

最後に必ず付け加えるでしょ。

 

これが大事なの。

 

皆、自分の手柄にしたくなるわけ。本当は自分が考えたんだと。

そうなると、どんどん自分の我になってくるわけ。

 

佐藤康行にこういうことを教わりましたと、ひとこと付け加えることによって、我がパッと消えるわけ。

今の人たちも、だんだん、そういうことがわかってきたわけ。

見ている人たちも、この人は自分が有名になりたくてこういうことやっているんだな、とか、この人に近づいているんだなとか、わかってくるわけ。

 

また、言葉で佐藤康行にこういうことを教わりましたと付け加えるだけでも、また付け加えるうちに、どんどんそういう心になってくるわけ。

そしたら、スーと実現がさらにスピードアップするわけ。

だから、五十何万人も見てくれるというのは、そういうわけ。

 

Q.自分の我がとれているから、ということですか?

 

A.とれているから、じゃなくて、とれてくるから。そういう姿勢でいくと。

 

Q.とれていくと、スーといくというのは、我がとれていくからですか?

 

A.私たちの前に我が邪魔をしているわけ。うちでいう、三日月です。

三日月が邪魔をしているから、満月にスーといかないわけ。

 

Q.我がとれて、満月にいくってことは…。

 

A.満月なんです。いくんじゃないんです。

 

Q.佐藤康行のお話が満月だからですか?

 

A.私の話が、満月の言葉じゃなかったとしても、このようにします、という自分自身の姿勢がポイントなわけです。

日本中の受講生もいろいろな人がいると思いますよ。

自分が考えたようにもっていく人もいると思いますし。

また、そういうことを貫いている人もいるだろうし。

 

Q.自分の我がとれると、スーと?

 

A.岡田くんは、今恐ろしいくらい上手くいってますよ。

元々、できる男だから、自分の我が強いところがあるって、わかっているわけです。

 

彼は私という対象物がいることによって、自分の我をなくしていっているわけです。

それが相性でもあるし、出会いや縁によって、全然違う運命になる可能性がある。

 

彼にとってはそうなんでしょうね。

もちろん、私にとってもそうなんだけどね。

 

Q.自分の我がとれる相手との縁がいいわけですね。

 

A.それに越したことないんじゃないですかね。

どんどん我が強まる縁もあるしね。

 

Q.我が強まる縁は、なぜ我が強まるのでしょうか。

 

A.お互いの我が出やすいような相性というのがあるのでしょうね。

ビーカーにこの薬とその薬をこれくらいの分量で入れたら、爆発するとか、透明になるとか、入れる前に決まっているわけ。

それを入れたときに、現象面として出るわけ。

だから、そういう縁というものがあるわけ。

 

その人が産まれたときに、先祖代々の因縁と、前世の因縁が折り重なるように産まれてきて、

親の育て方、きょうだいとの付き合い。

そういう縁によって、そこで誰に会うかによって、まったく違う運命になるわけ。

 

Q.自分の嫌な我が、バッと出る縁があるんですが、克服するのと、会わないという選択と…。

会わなくても種が自分にあるから…。

 

A.ひとつは、合わない人と会うことによって、この人とはつきあえないんだという、いち早く答えが出ますね。

嫌いと思った瞬間、離れるじゃない。

食べ物でも毒だと思ったら、食べないでしょ。

それは、人生の時間の無駄をなくすためのこと。

 

もうひとつは、自分を磨くために、あえてその人は自分のそばにいる。

その人でなければ、自分が磨けれないというのがあるわけ。

あまりにも周りが全部理解者だったら。

スーと空中で包丁研いでいるようなもので。

 

やはり、摩擦でしか磨けれないものがあるわけ。

砥石は摩擦ですからね。

摩擦によって、包丁が研げるようになる。

人間も同じです。

 

Q.二パターンあるわけですね。

 

A.スポーツでも楽したかったら、何も練習しなければいい。

でも強くなりたくて、金メダルしかったら、やはり、それだけ苦しい思いをして、痛い思いをして、何か乗り越えて練習して、はじめてメダルがもらえる。

磨きがかかる感じ。

その苦しみがまさに砥石になるわけです。

 

Q.あの人の話は素直に聞けるのに、この人の話は同じ話でも聞けないというのがあると思うんですよ。その我がとれる相手が…。

 

A.人間が自分を磨くだめに邪魔になるのは、あの人と、というのが邪魔になるんです。

たとえば、部屋をきれいにすればいいのに、この人に言われたら掃除したくなくなる。

あの人に言われたら掃除する。

この人でもあの人でも部屋を掃除すればいいわけ。

誰に言われても、言われなくても。

 

Q.それは、縁がなくても変わるということになりますか?

 

A.たとえば、その部屋が汚いと思えるのも縁がある。

過去の記憶の積み重ねで、汚いんだよということがわかっている。

でもそういう汚いところがいい人もいるわけです。

ゴミ屋敷に住んでいる人とか。

その人にとってはいい部屋なわけです。

それは、過去の記憶の積み重ねが判断するわけです。

 

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運営者プロフィール

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suterutetsugaku
「最高の人生を生きる 捨てる哲学 佐藤康行との対話」の管理人をしている橘 絹子です。
1999年4月より、医療関係の仕事の従事。
耐え難い体の痛みと人間関係に悩み、いろいろな治療やメンタルへのアプローチを試すが解決できず、人生も諦めかけていた。
そんな時、佐藤康行に出会う。
このブログを読んでいただくあなたにも、すべての難解と思われる問題に光を当てる方法があることをお伝えしたいと思います。