全体を捉えたというのと、全体だと気づくことは天と地の差?

  • 2026年03月04日
  • カテゴリ:真我

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ブログは朝(7時37分)にUPします。次回は3月7日です。

 

Q.最近個人面談に、より力を入れていらっしゃると伺いました。

それは、愛、神を顕現するために相手が重要な役割を果たしていると。

 

A. そうよ。そういうことです。できなかったことは、一回も感じたことはない。全部、知らない問題を答えられるんです。

 

Q.それは、相手によって、黄金の蔵からでてくるものがあるんですか?

 

A. すべて、一つの法則で答えられるんです。法則で、すべて答えられる。

 

いうならば、このダシがあれば、ラーメンも作れるし、スープも作れるし、料理のダシにも使えるし、

 

すべての素みたいなものです。それが、真我なんです。

 

Q.これが、実相そのものになっているときと、極致の認識で、相手のご両親になってされるときとあるように思うのですが。

 

A. 極致の認識では、相対的になるんです。相対から、絶対に気づかせるための相対なんです。

 

両親の愛になったときに、相対の愛になったときに、絶対の愛に気づく。

 

海からでたときに、海がわかるのと、空気があるところから、空気のないところにちょっとでてわかるのと同じように、

 

相対になったときに、絶対に気づくみたいなものです。

 

Q.なぜ、まどろっこしいことをしなきゃいけないんですかね。

実相の世界はとても楽な印象で、でも、それに気づくために、肉体があるうちは相対がある。

 

A. そういうことね。私たちは、当然、見える範囲内はある程度決まっているから相対になるわけ。

 

見えないところにあった、一つの世界になったときに、絶対に。

 

実は絶対の世界にいるんだけど、相対なんです。五感、六感、七感の感じる範囲内で。

 

Q.世の中で、相対を利用するのは、ある意味当たり前なんですね。

でも、絶対に気づくための相対という捉え方で、やっているものはないと思います。

 

A. ここが、決定的に違うところです。今までのものとは。

 

でも、全体を捉えているというのと、全体だって気づくというのと、この違いを皆わかんないでしょ。

 

私には、天と地ほど違うんです。

 

Q.それが、感覚としてわからないから、わからないんです。

 

A. 私はわかるんです。経験もしてるし、多くの人を見てるし。

 

絶対的な量というのと、心、認識も超えて、あの世に飛んじゃったという、両面あるでしょうね。

 

この場数と、飛んだ数は、比べるものはないですが、多いと思います。十何万人観たっていう人はいないでしょう。

 

Q.真我が開発されたところを、ということがないですね。

 

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「最高の人生を生きる 捨てる哲学 佐藤康行との対話」の管理人をしている橘 絹子です。
1999年4月より、医療関係の仕事の従事。
耐え難い体の痛みと人間関係に悩み、いろいろな治療やメンタルへのアプローチを試すが解決できず、人生も諦めかけていた。
そんな時、佐藤康行に出会う。
このブログを読んでいただくあなたにも、すべての難解と思われる問題に光を当てる方法があることをお伝えしたいと思います。