鏡の法則は必要なのか

  • 2019年04月24日
  • カテゴリ:真我

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ブログは朝(737分)にUPします。次回は4月27日(土)です。

 

橘.たとえば、相手を見て、自分が気づいたから、相手が変わったという言い方もあるので。

 

そこと、真我が開いて変わって、そのときのレベルで見た頂点の見え方と、相手を見て、自分が気づいた、その気づきとの差は何なんだろうと。

 

佐藤康行.私は、どのくらいのレベルか、神えるから、落ち着いて神たときに、その気づきと真我が開くことのレベルの違いがわかります。

 

橘さんは真我開発を受けてどう思いました?

 

橘.あえて、真我という言葉を使わせてもらうと、相手を見て気づいていくパターンだと、

真我が開く人も、開かない人もいるんだと思ったんです。

 

なぜかというと、体験談の中で奇跡体験が起こった話をしている人もいるのに、

私には奇跡体験が起こらなかったからです。

 

私が未来内観を受けて、完全に愛の気持ちになるのかと思っていたんですが、迷っている感じだったんですね。

受けた直後が。

でも、二日目のセミナーのあとすぐに、自分のマッサージの仕事の予約電話が入って。

 

私にとっては、それはびっくりする出来事だったので。

 

自分が変われたから、予約の電話がかかってきて。

 

佐藤康行.ミラクルだね。

 

橘.そうですね。今もそう思っていて。

そのときは、私は相手を見て、気づいての奇跡体験はなかったけど、

そのとき出来なかった、気づく、感じる、アセンションするということを、真我開発では出来たんだな、

と比べて思っちゃったんですね。

 

真我を追究することが一番で、自分の悩みを解決するとか、なりたい自分になるとか。

やっぱり奇跡的な体験があったら嬉しいなと。

 

佐藤康行.今回、私に一番聞きたいことは、何ですか?

 

橘.見なくていいんですかということですね。相手を。

 

佐藤康行.相手をね。

 

続く・・・