神を最終到達点にするのか、神を出発点にするのか

  • 2019年04月15日
  • カテゴリ:真我

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ブログは朝(737分)にUPします。次回は4月18日(木)です。

 

橘. 男女のパートナーシップに悩んでいて。

お見合いして、知り合えた男性の方が、キャラクターが濃い方で。

相手の中に感じる要素を見て、自分を振り返ることをした方がいいのかと。

 

他のスピリチュアルのものをやっていて、相手は誰でもよくて、自分を知っていくことが大事なんだと。

結婚とは、相手と向き合って、自分を知っていくことなのかなと。

結婚はした方がいいんだなと。

 

佐藤康行.質問なり、なんなり。

 

橘.真我を開いて愛そのものになっていくということと、相手を見て、そこで何かを気づいて、カルマを消す、

現象面の嫌な現象が消えるということと。

心の学校の応用編の会のときに、現象面は愛なんだけど、心に反転して映ると。

 

自分の心の中を映す現象面を、自分だと受けとって見たほうがいいんでしょうか。

 

佐藤康行.それは、うちで言っているゴミだね。

 

人間の心は、あくまでも移り変わるし、一定にないわけです。ですよね。

 

もう、瞬時に変わっていっています。

 

それを相手にしたら、永遠と相手にしなきゃいけない。

 

たとえば、それが消えたとしても、また、次から次と出てくるでしょ。

そうじゃなかったですか?

 

橘.あまりよくわからなかったですね。

 

佐藤康行.それは、決してなくなったわけじゃないんです。違う形で、出くるわけ。

 

私は、相対はないというところから出発点。相対がない。

 

たとえば、宇宙から見たときに、日本と、アメリカだとか中国だとか。

 

横で見ると相対だけど、宇宙から見たら相対じゃない。地球としてひとつでしょ。

 

相対なんて何もない。人間が、日本人とか、中国人とか、韓国人とか、決めた瞬間に相対が現れる。

 

本来そういうものはない。

 

海の水と全部とってしまえば、相対は消えちゃうわけ。ですよね。

 

心の学校でやっているのは、相対はないというところが、出発点なの。

 

相対の反対は絶対。絶対は神のことです。

 

だから、人間の心は相対。どこまでいっても。

 

でも、神の世界には、相対はない。絶対であり、一元の世界。ひとつしか、ない世界。

 

だから、人間の心と、神を相対にするのはおかしいですよね。

 

まあ、夢みたいなものだから人間の心は。夢は相手にしない、ということなんです。

 

出発が全然、違うわけです。

 

相対の世界は永遠と続く世界。大変、時間かかる世界。

 

でも、私たちは、神と捉えたら、そこに時間をかけるのはおかしいでしょ。

 

人間は神とひとつ。もともと、ひとつなんだから、それを時間をかけて、わからせるというのはおかしい。

 

神を最終到達点にするのか、神を出発点にするのかの違いなんです。

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運営者プロフィール

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「最高の人生を生きる 捨てる哲学 佐藤康行との対話」の管理人をしている橘 絹子です。
1999年4月より、医療関係の仕事の従事。
耐え難い体の痛みと人間関係に悩み、いろいろな治療やメンタルへのアプローチを試すが解決できず、人生も諦めかけていた。
そんな時、佐藤康行に出会う。
このブログを読んでいただくあなたにも、すべての難解と思われる問題に光を当てる方法があることをお伝えしたいと思います。