瞑想とは自分の考えではなく宇宙の考えにぴったり合ってくること?

  • 2015年08月17日
  • カテゴリ:真我

【 佐藤康行との対話ブログを読むときの注意点です 】

真理、実相は具体的ではないので、抽象的なこと、わからないことをやっています。

しかし、毎日読んでいると、知らないうちに自分の認識が変化してきます。

もちろん、すばらしくです。

具体的なことは、営業やお金、クリニックの本で、電子書籍もいれると150冊著しています。

ブログは毎日、朝(7時3分)・昼(12時37分)・夕方(17時37分)、3回UPしています!

 

A. 実相、真我に顕れが、医療になり、営業にもなり、経営にもなり、時代に求められているもの全部になっている。

これは、誰もこういう発想はやっていないわけ。皆、分離しているわけ。

実相の話であろうが、スピリチュアルな話であろうが、実際に使えているものはありますか?

私は違うわけ。本当にクリニックも開いてやっているわけ。この違いを明確にする必要がある。

空理空論で、皆がわからないことを利用して、言いたい放題なことをやっているものもありますね。

ちゃんと、事実に基づいて顕わしていくということ。この質疑応答もその一環ですから、誇りをもってやってください。

 

Q.ありがとうございます。

 

Q.もし、実相のことを顕わしたものが受け入れられるかを心配したら、皆さんに公開することはなかったかもしれません。

自我が邪魔してしまって。

 

A. そういうのを、一切無視してやったということね。人が何を言おうが関係ないということね。

 

Q.真我が顕現するときに、沈黙とか、心のおしゃべりが止むという表現をしているものがあるんですが、

佐藤康行も実相を垣間見たときは、同じような感覚がありましたか?

 

A. 瞑想状態のことだと思います。瞑想とは、自分の考えではなくて、宇宙の考えに自分がぴったり合ってくる。

それが本当の瞑想状態。座って、止まっているだけが瞑想ではない。

野生の動物が、その中で生活していれば、ほとんど瞑想状態なわけ。

人間だけ、瞑想状態がなぜ必要かというと、人間の自我が中心になって、この自我が宇宙のリズムに乖離しているから、一回戻るということ。

戻るために瞑想しているということ。本当の野生の動物はそれは必要ないわけ。最初から瞑想状態なわけ。

人間でもそういう状態の人とか場があるわけ。まさに普通にしていても瞑想状態。言わせていただくなら、私もいつも瞑想状態。