日別アーカイブ: 2017年3月15日

野澤さんにとって佐藤康行は、当たり前にあるようなもの?(野澤さん㉑)

ブログは朝(7時37分)にUPします。次回は3月18日㈯です!

 

A. 本家本元だからね。でも、光の世界で一回消えたでしょ。

 

Q.出てこなくなりましたね、あのときは。

 

A. そうね。それは、さらに私に近づいたときです。近づいたときに消えていった。

何が起きているのか、ということだね。

 

ちょっと言ってみない?

 

私が、触ったり、手を握ったり、見つめたりすると、そういうふうになる。

自分の中に何が起きているのか。

 

そして、私、佐藤康行は何者なのか。

 

Q.何が起きているか?

 

A. たとえば、闇に光が近づくと、闇は消えますよね。

まんまるがわかったときに、三日月は消えるでしょ。

 

Q.闇が光とかというよりは、出なかったもの、引っかかって出なかったもの。

出ないものを、一番出してくれるものみたいな。

 

引っかかって苦しいみたいなものが、出ると楽になる。

 

A. 何か引っかかっているものが、私に近づくと、浮き彫りになる感じなんですね。

 

Q.でも、浮き彫りになるといっても、それが何だかはわからない。

ただ、出てくるだけに。

 

ある意味では自分ではない。

でも、どっかであったよね、みたいな。

 

A. その涙は、一体、何を物語っていると思います?その涙は。

 

たとえば、なつかしい、うれしい、悲しいとか苦しいとか。

 

Q.どれも、あるような気がします。

 

A. どれも、あるような気がする。

 

Q.出てくるたびに、こういうのあったよな、みたいなのとか。

出てきたときに初めて、こういうのずっと、すぐそばにいたよなみたいな。

 

A. ふるさとみたいな、感じ?

 

Q.ある意味、原風景みたいな。ふるさと。

前回の面談では、どうしても借金のほうを見ちゃう。

 

借金の正体みたいな。それがいっつもあって。

それが何だかわからなくて。

 

出したときに、これ出したくても出せなかったなみたいな。

 

A. たとえば、百億の借金があったとする。

私が百億あげれば、借金は消えちゃうでしょ。

そのときに、出る涙があるじゃない。

 

今まで、ずっと背負っていた。

 

私と出会ったことで、それがチャラになっちゃう。

 

私には、野澤さんの涙はうれしい涙にしか神えないんですよ。

感謝と喜びの涙にしか見えない。

 

自分のことだから、言いづらいところもあるけど、今日ははっきり言います。

 

あの、何か、手を握ったときに、温かさを感じるって。

優しさを感じて、何か救われたような感じになるんじゃないかと。

 

百億の借金あったら、バッと返せる人。

そうなったとき、瞬間チャラに。