神鏡を絶対ものにしたほうがいい? 絶対普遍のものがあるから安心?
【 佐藤康行との対話ブログを読むときの注意点です 】
真理、実相は具体的ではないので、抽象的なこと、わからないことをやっています。
しかし、毎日読んでいると、知らないうちに自分の認識が変化してきます。
もちろん、すばらしくです。
具体的なことは、営業やお金、クリニックの本で、電子書籍もいれると150冊著しています。
ブログは毎日、朝(7時3分)・昼(12時37分)・夕方(17時37分)、3回UPしています!
『存在そのものの世界を現代に活かす』
そのことの証明を、6月13日㈯光が丘にて、佐藤康行本人と実証者が現します。
会場にて、お待ちしております。
Q.リハビリの場面でも、怒りの抑制がきかない人がいるようで、
相手の完璧を見てあげれば、消えるかもしれないですね。出来ればその奇跡をみたい。
A.目の前で変わっていくでしょう。絶対、この神鏡を自分のものにしたほうがいいですよ。
Q.疾病利得というのがあります。
自分の心の葛藤を見るよりも、病気になるほうが楽なのでしょうか?
A.自殺も皆同じですよ。自分の一番いい道と思っているものを選んでいる。
自殺も、引きこもりも、依存症も、全部自分が一番いいと思っている道を選んでいる。
Q.それ、自覚は絶対していないと思います、頭では。自分の経験でも。
A.楽になりたいということでね。だから、楽になると思っているんです。
Q.心の学校だと、心の葛藤を出さなきゃ良くならない、みたいな感じで出せるんですが、
これだけ出すのが辛いものだと驚きました。なぜ、ここでは出せるのでしょうか。
A.それは、仕組みで教えているからでしょう。
それを教えないでやると、ゴミ出すとね、自分が傷つくか、相手を傷つけるか、どちらかだと思っちゃう。
だから、出せないでいるわけで。真我という究極があれば、安心して出せる。
それは、三層構造を聞いてからやると違う。
三層構造をやると、この普遍なものを伝えられる。