もう戒めはきている? やることは本当の自分を知ること一点?
【 佐藤康行 生の声 ありのまま そのまま 】
質問をぶつけることで、佐藤康行の生の声をお届けしています!
アンサーはすべて佐藤康行が答えています。
繰り返し読むことで、知らないうちに自分の認識が変化してきます。
もちろん、すばらしくです。
ブログは毎日、朝(7時3分)・昼(12時37分)・夕方(17時37分)、3回UPしています!
Q.私の道を行きなさいって言われたときに、
私たちが理解できる戒めのようなものが必要のように思ってしまいますが。
A.法則でいうと、崖に落ちる寸前が戒めだと思ったらいい。
Q.キリストの道をいって、戒めを守ることによって崖に行かないようにするのではなくて、
崖まで行ってから戒めがわかる?
A.実は、私たち、常にその境目に生きているんです。
Q.それはどういうことでしょう?
A.例えば、私たちが、この地球上に住めなくなる可能性もある。
それを戒めとしたら、いろんな問題が、ポツ、ポツっと環境問題も出ている。
それ戒めだと思ったらいい。
もっと言うなら時間というものがある。
百年後に地球に住めなくなるっていうことがあるとしたら、この百年って、私たちに観念が捉えるものでしょ。
でも地球は四十六億年って言われている。宇宙が百何十億年。
それが本当かどうかは別として。
だから、「 もう戒めはきているわけ。 」
一秒でなくなるかもしれないんだから。
そんな時間は、本来ないから。百年後も一秒かもしれない。
宇宙から見たら。
そしたら、崖に落ちる寸前はもうきているかもしれない。
納得はするでしょ。
Q.納得はするんですが、戒めがもうすぐそばにきているかもしれないと聞くと、
うかうかしていていいのかなと。
A.一にも、二にも、「 本当の自分を知ることなんです。 」
たった、その一つだけなんです。
やることは。三にも、四にも、五にも、その一点に過ぎないんです。
Q.戒めがなければ、気づかないと。
A.今まで、戒めがなくて、気づいた人、聞いたことがありますか?
Q.いないような、気がしますね。
A.皆、学問になっちゃうわけ。
遠いところにいっちゃうわけ。
学問は、あくまでも、向こうの知識を頭に入れるだけだから。
ある意味では、一番、幼稚な世界なんです。
だって、いつまでも生徒で、頭に詰め込んで。