親は愛の塊
ブログは朝(7時37分)にUPします。次回は12月8日です。
(佐藤先生2)
はい、ほかどうぞ。
どんなことでも、いいですよ。
はい、ありがとうございます。
(質問者2 女性)
今、クリニックに通っていて、真剣に真我に取り組んでいて、すごいよくなってきて、
(佐藤先生2-1)
あー、よかったね。
(質問者2-1 女性)
それで、親の点数とかも、父とか自分の点数も、あがってきて、私は、育ての母と、生みの母親がいて、お母さんが、二人いて、
育ての母は亡くなっていて、生みの母も確執があったんですけれど、育ての母の点数も、8点くらいにあがってきて、
でも、生みの親だけは、1点なんですね。
生みの親に対するうらみとかも、そのころにくらべれば、へってきていますが、
まだちょっと点数あげたくないみたいなそういう気持ちがあります。
これから、取り組もうとおもいますが、なにかアドバイスいただけますか。
(佐藤先生2-2)
生みの親がいるでしょう。育ての親がいるでしょう。
でも、今までは、分けていたでしょう。
そこが、問題なの。
だって、普通は、生みの親が育てるから、育ての親なの。
わかります?
わかりやすくいえないかな。
子供産むでしょう。
そうしたら、そのまま他の人に預けたら、育ての親べっこでしょう。
それが、自分の産んだ子を、育てれば、生みの親でもあるし、育ての親でもあるわけ。
そういう意味です。
もし、産み捨てられたとしても、そのお父さん、お母さんがいないと、あなたはいないわけ。
だから、育ての親も存在しないわけ。
その人が、産んでくれなきゃ。
でしょ。わかります?
これは、神的答えだと、受け止めてください。
だから、ちゃんと、お父さんの精子と、お母さんの卵子が、結びついて生まれたわけ。
それには、もちろん、お父さん、お母さんにも、先祖がいるわけ。代々いるわけ。
その二人の愛の結晶体として、自分がいるわけ。
だから、生みの親も、育ての親も同じくらい感謝する必要性が、あるわけ。
そして、それが一つにつながったときに、もう、生みの親とか、育ての親という分け方を、しなくなります。
生みの親も、育ての親も一つの親。
親を愛としたら、全部愛なんです。
愛の結晶体なんです。
一つなんです。
そんな分離は、ないんです。
生みの親も、育ての親も。
だから、あなたは一つの愛された子供なんです。
両方の愛で生まれた子供なんです。
愛として、一つなんです。
肉体で、みたら分離しているようにみえるけれど、愛でみたときに、一つなんです。
それで、本当に生みの親と育ての親が、自分の心の中で、ひとつになったときに、すべてが、かわってきます。
すべてが、かわってきます。
できますから。
真我では、できますから。普通の人間の心では、無理だけれど、真我なら必ずできます。
生みの親と育ての親は一つ。
どちらを、思い出しても愛する親なの。
どちらを、思い出してもいいの。
愛する親だから。
親は、愛だから。
愛の塊だから。
OK。
別じゃない一つです。
大丈夫。
(質問者2-2女性)
なんか、今まで、別だとおもっていたので、すごいありがとうございました。
はい、ありがとうございました。