真理というのは、真理に人類が目覚めればいいだけの話?
【 佐藤康行との対話ブログを読むときの注意点です 】
真理、実相は具体的ではないので、抽象的なこと、わからないことをやっています。
しかし、毎日読んでいると、知らないうちに自分の認識が変化してきます。
もちろん、すばらしくです。
具体的なことは、営業やお金、クリニックの本で、電子書籍もいれると150冊著しています。
ブログは毎日、朝(7時3分)・昼(12時37分)・夕方(17時37分)、3回UPしています!
Q.神成瞑想の図の真ん中の神を観ると、人類その営みが変わるので、
佐藤康行ひとりがある意味、その実相のところから観るということをがあれば、
人類全体の真我の目覚めは可能だという大前提なんでしょうか?
A. あくまでも、真理というのは発見した人がひとりであろうが何人であろうが関係ないはず。
IPS細胞を発明した、それはひとり発明しようが、十人で発明しようが、その一つの発明にかわりはないじゃないですか。
ガンを治していく何かを発明したら、ひとりが発明しようが百人発明しようが、それを発明してガンが治るかどうかが問題でしょ。
それと同じだと思って下さい。人数は関係ないはず。
Q.そこで、佐藤康行ひとりなのか、何人なのかわからないですが、そういうのは関係ないわけなんですね。
A. 何かの集団を作って、世の中を変えるっていうのは今までのやり方でしょ。
それで、変えられた、ためしがないじゃない。
Q.そうですね。
A. そうでしょ。勘違いしてやっているような集団も。
あくまでも、真理というのはそういうことじゃない。
真理というのは真理に人類が目覚めればいいだけの話であって、誰々の団体がそれを変えさせることではない。
それは昔から古いパターンで何回やっても同じ失敗をしてもわからないことを繰り返しているでしょ。
例えば、キリスト教徒、仏教徒、イスラム教徒、合わせるとたぶん、世界の人口ぐらいになっちゃうわけ。
でも、それは変わらないわけですよね。何億人いようが。