神の動きに合わせるとは? 人間と神との関係?
Q.人間が意識的に神に合わせているような表現に感じるんですけど、
神には意識はなく在そのものと。
しかし、神の動きに合わせるなどの表現もあり、そこをどう捉えたらいいでしょうか?
A.神は常に根本的なものですから、人間的に捉えるなら、
作ったままというか新品っていうか、常に新品に戻そうという働きがあるわけ。
本来の姿だから。私たちがそのものを加工したりして、そうじゃない方向に向けていっているわけ。
本来に戻ろう戻ろうという。上にあげたものが下に戻ろうとする。振り子が元に戻ろうとする。
それと同じように、元に戻ろう戻ろうという働き。なぜならば、元々、元だからです。
Q.どちらかというと、もう何が元だかもわからないようになっているんですけども。
A. 誰が?
Q.私はですね。人間の元って何だって。マズローの生理的欲求だけが、
神の与えた欲求何だとしたら、自己実現欲求や承認欲求など。どこまで元に戻ればいいのかと。
A. それは、私たちが考えることじゃない。
Q.じゃないんですね。あ~。
A. 本当は、考えて理解出来たらすばらしいですけど、
脳の中で物語を解決したり理解しようとしたりする。脳を作った大いなるものがあるでしょ。
脳を作ったものを第一創造って言っています。人間が作ったものを第二創造って言っています。
第二創造で第一創造は理解できないわけです、なかなか。
私の場合は理解じゃなくて、前提っておいているんです。
そこに、前提って言葉にこだわっているんです。
だから、生徒が先生を理解しましたっていったら、
ある意味じゃ先生以上に理解しましたって言っていることに変わらないじゃない。
だから、理解できるんであって。先生はもっと深いから、高度だから、
なかなか生徒じゃ理解できないから、先生なわけです。
人間と神との関係も同じなんです。
Q.なるほど。